サーフィンコラム:ウェットスーツのタッパーってなに?
ライター: ario
サーフィンにはサーファーならわかるだろうが、一般人には聞きなれない言葉”サーフィン専門用語”というものがたくさんある。ウェットスーツのタッパーもその1つだ。今回はそのタッパーにまつわるちょっとした小話をご紹介しようと思う。
つい先日のことだ。夏になったので、サーフィンを始めてみたいという妻の友人が妻のラインを通じて以下のような質問を投げかけてきた。
「8月だったら、もう水あったかいよね?水着で大丈夫かな?」
ビギナーなら当然の質問である。しかし、サーフィンデビューの予定地は千葉県一宮。千葉の北部あたりだと、真夏と言えども南風が吹けば途端に海水温は下がり、水着だけだとちょっと厳しいという状況になりがちだ。
「うーん、本当はタッパーがあるといいんだけどね」と僕。
妻は少しきょとんとしてからこう応えた。
「・・・タッパーって、オニギリ詰めるヤツ?今お弁当の話なんかしてないんだけど?」
なるほど、そう来たか。知らなければ当然の反応・・・なのかもしれない。
サーフィンをこれから始めようという方のために軽く説明すると、タッパーとは、トップスだけの薄手のウェットスーツの事を指す。先程の話に出てきたように、水着だけではちょっと寒いな、という時に着用する。
最近主流のフロントジップタイプのものなどは、着脱しやすく、見た目もなかなかクールである。もしサーフィンの腕前とルックスに自信があるのならば、こちらのディオン・アジアスのようにジッパーを全開にして裾をたなびかせるのもイカしているかもしれない。
世界を旅するノマドサファー、ディオン・アジアスのサーフムービー▶
さて、そのタッパーにまつわる嘘のような本当の話がある。
銀座の真ん中でタッパーを売るとどうなるか?
今年の初夏。ちょいワルおやじサーファーのファッションリーダー、ブラッドリー・ガーラックがアンバサダーを務めるサーフアパレルブランドBANKSが、有名スペシャリティストアのバーニーズニューヨークとコラボレートしたことがあった。銀座6丁目のバーニーズニューヨーク銀座ストアにはBANKSのポップアップストアが出現し、Tシャツやショーツ、キャップなどがずらりと並んだ。オープン初日にはブラッドリー・ガーラック本人もプロモーションイベントのためにストアを訪れ大いに盛り上がったようである。それは、これまでサーフィンとはほぼ無縁だったバーニーズニューヨークの顧客達に向けて新たなカルチャーを発信していくチャレンジングな試みだったと言えるだろう。
さて、期間限定コラボレーションも終盤を迎えたある日、職場が近かったこともあり、僕はバーニーズニューヨークへポップアップストアを覗きに行った。どうやらこのイベントはなかなか好評だったと見えて、残っているTシャツの数はかなり少ないように見えた。
ふと売り場の端を見ると、そこにはBANKS×バーニーズニューヨークの限定コラボレートタッパーが吊るされていた。それは今主流のブラックラバー、ロングスリーブ、フロントジップタイプのなかなか洒落たタッパーで、このストアでオーダーメイドできるらしく、本格的な分お値段もなかなか高級だった。
なにせここは銀座のど真ん中で、サーフショップでもなんでもなく、周りにはパリッとしたスーツなんかも吊るされているから、これほど本格的なタッパーが売っている事自体が唐突で、違和感は拭えなかった。確かにかっこいいけれど、コレを今までにオーダーした人は誰かいるのだろうか?客層を考えてもその可能性は低いように思えた。
疑問に感じながらも僕がTシャツの物色を続けていた、その時である。決して若いとは言えない一組のカップルがポップアップストアに足を踏み入れてきた。男性はどうみてもサーファーのようには見えなかった。そして、これは憶測でしかないが、女性の出で立ちは明らかに夜の蝶を感じさせるものだった。となると、これはいわゆる「同伴」というヤツだろうか。食事の前にちょっと買い物でも、と言ったところか。心なしか、男性の立ち居振る舞いが少し気取っているように見えた。二人の会話が聞こえて来る。
「これとか、いいんじゃない?」
「うん、いいね」
「見て、これもカワイイ」
「ああ」
二人はBANKSのTシャツを端から物色していき、そして、例のタッパーの前に到達した。男性がまじまじとタッパーを眺める。初めて見るタッパーが珍しいのだろうか。僕はそう思った。しかし、男性は次の瞬間思わぬ行動に出た。手を挙げてスタッフを呼びつけると、おもむろにこう伝えたのである。
「このライダース、試着させてもらえる?」
・・・ラ、ライダース?
恐らくこの言葉を聞いたときのスタッフと僕は、全く同じ表情を浮かべていたに違いない。
・・・いや、待てよ。素材こそラバーだが、確かにフロントジップのこの佇まい、言われてみればシングルのライダースジャケットに見えない事もない。サーフィンをせず、タッパーが何かを知らなければ尚更だろう。そう考えると、男性が試着をしたがったのも納得できる。それに男性はなんだかライダースジャケットを好みそうな格好をしている。スタッフは男性に恥をかかさぬよう気を遣ってしどろもどろだった。相手は同伴中の中年男性である。プライドも高かろう。
「いや、その、こちらは試着はできないんです」
「そうなの?なんで?」
「その、こちらはライダースではなくて、タッパーと言いまして・・・」
「タ、タッパー・・・ってなに?」
「ええとですね、このBANKSというのがサーフアパレルのブランドでして、タッパーというのは、サーフィンをやられる方がですね・・・」
こうしてスタッフは、同伴カップルに対して僕が冒頭に書いたようなタッパーの説明を、懇切丁寧にする羽目になるのだった。
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この記事を書いたライター
ario
オウエン・ライトの身長とロブ・マチャドの髪質を授かったが、残念なことにレギュラーフッター。三人の娘を育てながら、日々サーフライフバランスの実践を模索中。出没ポイントは千葉一宮。
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