海外移住してサーフィン生活を送るまでの経緯や得たものとは
ライター: shinji_dog
海外移住までの経緯とオーストラリア1周サーフトリップ..
『海外でのサーフィンライフを築くには…』と海外生活を夢見るサーファーも多いのではないでしょうか?…今回は現在ニュージーランド在住の私がどのような経緯で海外移住へと至ったのか。その経緯や、海外生活にチャレンジして得たことなどをご紹介します。日本の若い世代の人達がこれを読んで頂き、サーフィンを通じて旅と冒険、新しい世界へ踏み出す大きな1歩になれば嬉しく思います。
1.サーフィンとの出会い—–
少し自己紹介になりますが私がサーフィンを始めるきっかけになったのはサーフィンを少しかじっていた父親の影響で、14歳の頃からサーフィンを始めました。
大阪出身ではありますが少しの間、九州の佐賀県に家族で住んでおり、その頃少し病んでいた⁈私に両親がサーフィンを進めてくれたのです。毎週末、波が上がれば日本海は福岡県に位置するサーフポイントへよく連れて行ってもらいました。その頃からですね…サーフィンにどっぷりはまりました!両親には本当に感謝です。
2.サーフショップに通い詰めた高校時代—–
そして中学校を卒業後、家族全員で大阪へ戻り、私は夜間の定時制高校へ入学。昼間はべたにたこ焼き屋さんで働きサーフィンと遊びのために必死で働いておりました(笑)。高校生の時にお世話になった大阪は天六(天神橋筋6丁目) にサーフアップというプロサーファー池尾 誠氏のサーフショップでお世話になり、先輩たちにサーフィンを教わりつつ毎週末、四国や日本海、和歌山、伊勢に愛知、静岡までとよく連れて行ってもらいました。初めての海外であるインドネシアも先輩達と同行し、良い経験となっています。
3.結婚し、25歳でオーストラリアへ—–
そんな高校生活を4年間(夜間ですので4年制…)楽しみました。そして卒業後、何をしていいのかわからない私は様々な仕事にトライするもどれも続かず…。サーフアップの店長、池尾さんはカリフォルニアに住んでいたことがあり、話を聞いているうちに海外へ住んでサーフィンをしてみたらどうなのかと勧められ、仕事の続かない私はお金を貯めるべく22歳の時に金属の製鉄会社へ就職を決め、 それと同時に高校生の頃に知り合った彼女と結婚。2人で3年間地道にお金を貯めて25歳の時にオーストラリアへ2年間のワーキングホリデーへ出かけたのです。
4.オーストラリア生活で得たもの
初めての海外生活はサーフィンのメッカであるゴールドコースト。とにかくサーフィンがしたく、約半年間は仕事もせずサーフィンに明け暮れていました。ゴールドコーストはライトハンダーのポイントブレイクが多い。お気に入りのポイントはバーレーヘッズでした。
家から歩いて極上のサーフポイントに行ける環境は夢のようでした。それから農業の仕事をするべく(2年目のワーキングホリデービザを取得するため)ゴールドコーストから南へ1時間下ったところにある、ニューサウスウェールズ州のバイロンベイ(オーガニックカルチャーの町)にて仕事を見つけ、またサーフィンに明け暮れる日々を送りました。
バイロンでの生活は夢のようでした。無農薬のオーガニック野菜や美味しいフルーツが身近にあります。お気に入りのポイントはブロークンヘッズというサーフポイントでした。
毎日海の中ではイルカが側まで挨拶をしに、時期によっては沖合にクジラを見ることまで!当時私がいた頃は、夏場はツーリストで賑わう反面、冬は人も少なくゆっくりと時間も流れ、毎日がリラックスしたスローライフでした。
オーストラリアでの住居は、多くの人にフラットと呼ばれる一軒家をみんなでシェアして住むタイプのものでした。様々な国の人に出会え、とても良い経験や新しい出会いになります。オーストラリアのファミリーの家やプロサーファーの家などにも住ませてもらっていたことがあり、毎日面白い事が起こる日々でした。日本とのカルチャーの違いや生活の違いを感じることができますし、是非現地の人などとシェアして住んでみてください。きっと楽しいはず!
5.フィジーへ短期の英語留学へ—–
そしてあっという間に2年間のオーストラリア生活は終了。その後フィジーに英語の語学留学に行き、2カ月間集中して英語の勉強をします(オーストラリアでは全く英語を勉強せず!笑)。
そして時間のある時はクラウドブレイクへ。以下の写真の奥が私!なかなか早い波でバックハンドの私にはきつかったです。涙
フィジーではナモツレフトでももちろんサーフィンしましたし、インドネシアへはよくリーフブレイクを求めサーフィンしに行っていた私ですが、クラウドブレイクはサイズがありヘビーで死ぬかと思うほどでした。涙
オーストラリア1周サーフトリップ
6.再びオーストラリアへ…5月から車でオーストラリア1周の旅—–
そして2ヶ月のフィジーへの短期留学後…観光ビザでオーストラリアへ戻りステーションワゴンを買い 、5月から1ヵ月半かけてオーストラリア1周の旅に出かけました。嫁と2人で出かけ、旅先で友達と合流する旅です。
バイロンベイからスタートしそのまま南にイーストコースト沿いのサーフポイントを探しながらヤンバ、シドニー、ウーロンゴン、そしてメルボルンからトーキーはベルズビーチ(Bells Beach)へ…
ベルズビーチ初日は10ft‼︎波は炸裂しておりました!とてもでかかったので隣のウィンキーポップへ行くとそれでも8ft!! 朝日が何とも言えないくらい美しいです。
ビビリながら入って何本か乗って終了。波は完璧でしたが私は完璧ではありませんでした(笑)。1週間ほどステイして徐々にサイズも下がりつつ…とてもラッキーなタイミングでベルズのオープンフェイスの波を楽しめました。
そこからグレートオーシャンロードを通り砂漠の道を2、3日ほどドライブしウェスタンオーストラリアへ。パースの街などを観光し、そのままウエストコーストを南に下りマーガレットリバー(Margaret River)へ。波はと言うとサーファーズポイントでまたまた10ft…
…と大きくちょっとストーミーでしたので近くにあるグレイスタウン(Gracetown)と言う街にあるサウスポイント(North Point)…
というレフトハンダーでサーフし、あの有名なノースポイントもバレルで炸裂。かなりハードでしたのでノースポイントはローカルやプロサーファーのみで、私は観戦させて頂きました。涙
次の日サイズも少し下がりノースポイントで入りましたが掘れ掘れのハードな波で奇跡の一本!バレルを決めます。そして次の日マーガレットリバーのメインポイントであるサーファーズポイントで入り6ft位ある波で何とか数本楽しめたのです。そしてマーガレットリバーに住む友達と別れ、そのまま来た砂漠の道を丸一日かけ戻り、サウスオーストラリアにあるカクタス( Cactus Beach)と言うサーフポイントへ。
こういった神秘的な風景がカクタスまで続くのです…
ここでサーフィンするためには、ポイント前の砂漠の真ん中にある何もないキャンプ場にテントを張ります。食料や飲料も用意しておかないと大変なことに。しかし波はと言うと極上のレフトとライトもありサーフキャンプするには最高のロケーション。人は少ないが、シャーキー(サメ)はとても多い…
その後サーフィン以外のオーストラリアも見たくてノーザンテリトリーにあるエアーズロック(Ayers Rock)へ。
何とも言えないパワーを感じました…さすがパワースポット!観光もしつつそこからクイーンズランドケアンズ(Cairns)に行きダイビングを初体験しましたが船酔いにやられ撃沈(笑)。
ケアンズから南に下りヌーサヘッズへ波は3ftと手ごろなファンウェーブで最高のライトハンドポイントブレイク。最後に友達たちに別れを告げゴールドコーストへ戻りました。
旅とは本当に良いもので自分を見つめ直せる良い機会となります。新しい出会いと別れも来ますがそれ以上に得るものが多い。新しい自分が見つかります。とりあえず旅にでましょう。
少し長くなりすぎましたので、次回はニュージーランドへ来た経緯と永住権までの道のりなどを紹介させて頂きます。
日本の若い世代の人たちがこれを読んで頂き、サーフィンを通じて旅と冒険、新しい世界への1歩になればと…
インスタグラムで私の海外生活の近況などアップしていますのでフォローよろしくお願致します。インスタグラム▶︎@shinji_dog
つづく…
後半はこちら▶︎海外移住で得たもの失ったもの~ニュージーランド永住権取得の経緯~
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この記事を書いたライター
shinji_dog
オーストラリア、インドネシア、フィジーを旅をし、ニュージーランド北島にあるマウントマウンガヌイに移住する。永住権を取得しサーフィンライフを通してここマウントマウンガヌイをベースにニュージーランドの魅力を伝えていけたらと思います。 ニュージーランドでの日常をこちらインスタグラムにアップしていますので 是非フォロー宜しくお願い致します!!→@shinji_dog