『ドジ井坂のサーフボードシェイプ歴』ボード視点から解説する安定したサーフィンのテイクオフとライディング方法

ライター: ドジ井坂

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ドジ井坂サーフィン
自作シェイプサーフボードで出場したオーストラリアベルズビーチでのサーフィン世界選手権。ライダー&シェイパー:ドジ井坂

波の力とタイミングを利用した安定したサーフィン

ドジ井坂です(私については…『ドジ井坂』ドジと呼ばれて50数年、この名前の由来とは)。上手いサーファーのテイクオフは、リラックスしてゆったりしていて、それで軽快な動作に見えます。サーフィンもそうですがすべてのスポーツのトップアスリートに共通する無駄のない動作です。

・私のサーフボードシェイプの歴史

今回はテイクオフの課題をサーフボードの視点から見てみることにします。わかりやすくサーフボード理論を説明するために、ちょっと僕の昔話をしますね。1967年、初めてウレタンフォームを手に入れて、我らバーベリアン・サーフクラブの西野家の屋根があるだけのボード置き場で、初めて3mのロングボードをシェイプしたのを鮮明に覚えています。以前に自作した木製ボードとは比べものにならない魔法のボードでした。当時受験に失敗して浪人の身でした。予備校より海が近いということもあって、サーフィンが面白くて、面白くて、少しでも波があれば一日中海の予備校通いで、現在に至るわけなのであります。

・2作目の空洞木製ボード。竜骨を中央に入れてベニアをデッキとボトムに張り、FRP仕上げました。こんなボードでも軽量化したので結構楽しめました。僕が履いているパンツは、アメ横で購入した、JanzenというUSAブランドのサーフパンツでした。
ドジ井坂サーフィン

繰り返し波に乗っているうちにサーフィンも上手くなり、パドリングに余裕ができ楽に加速できると、さらにテイクオフは楽に出来るようになりました。ところが小波だと、スローなブレイクにタイミングを合わせるため、パドリングを減速させて波に乗ることもあるのです。速くパドルすることより、波のタイミングがわかれば、テイクオフはさらに楽に出来るのがわかったのです。前回話した捕球テクニックですね。(詳細は『ドジ井坂サーフィンワンポイントアドバイス』波に乗るバランスとタイミング、波の動きと予測についての解説

ブレイクの早い小波にノーズが波に突っ込まないように、当時の重たいボードは、ステップバックしてテールに重心をかけ失速気味にボトムターンすることになります。重たいノーズが邪魔なのです。そこで、アウトラインのノーズ部分を40cmカットした
ボードをシェイプしてみました。乗ってみるとパーリングもしないし、ターンも軽く出来るようになりました。そのころ世界中のサーファーの感心は、ノーズライディングからターンへと流れるアクションに変わりつつあり、同様のことを考えていたようです。

1968年のUSサーファーマガジンの広告ページには、それまでの10feetボードから、8feet (約240cm)前後のボードが、登場し始めました。1969年にカリフォルニアのアーニー・タナカのファクトリーで僕がシェイプしていたのは、その8feetのボードでした。そして1970年オーストラリアの世界選手権に初出場するための、6feetと7feetのボードをシェイプ。6feetをショップにディスプレイしたら、高値で即売できちゃったので、7feetをオーストラリアに持参しました。

・オーストラリア ベルズビーチでの世界選手権。ボトムにはライジングサンをデザインした、カルフォルニアでシェイプして持っていった7feetボードです。ドジ井坂サーフィン

ところがその世界選手権で、地元オージーが乗っていたのは、なんとロングボードの半分のショートボードでした。17才のウエイン・リンチが5feetのボードで、チューブの中でボディーボードのように360度くるりと回転したとか、しないとか話題になっていましたね。

世界選手権出場後日本に帰国し、今はレジェンドサーファーになった連中にシェイプしたのは6feet以下のボードでした。こんな短くて大丈夫かな?なんて言いながら、みんな器用にターンからローラーコースターにチャレンジしていました。当時を思い出すと、話が止まらなくなりますね。

・1969年の冬のハワイで、リノ・アベリラが、7fのボードでノースにチャレンジしていました。それならば、カリフォルニアなら6fで大丈夫かなと、シェイプしたボードです。でもお金が無かったときに、高く売れたので良かった。
ドジ井坂サーフィン

・昨春に昔を思い出し、基本と新しいエッセンスを入れて7fのボードをシェイプしてみました。楽しいボードです。サーフボード

・7‘2”のファンボードは、1971年の、カリフォルニア初心者モデルを思い出してシェイプしました。ドジ井坂サーフィン

・1969年のカリフォルニアで、このボードデザインを300枚シェイプしました。その頃のボードテンプレートを再現した、フェザーウエイトの次のモデルとして作ってみました。
ドジ井坂サーフィン

※これら写真のボードは、欲しい方がいればお譲りします。以下、beachschool.comよりお問い合わせください。

後半へ続く→『ドジ井坂サーフィンワンポイントアドバイス』サーフボード中心部分を捉えた安定感のあるテイクオフ

ドジ井坂ジャパンメソット

正しい理論に基づいた陸トレーニングは、ドジ井坂が開講している夜のトレーニング講座やクリニックで体験できます。※トレーニングスケジュールと参加はこちら→︎ beachschool.com から。初めての方もお気軽にお問い合わせ下さいね!

・テイクオフシート



 

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この記事を書いたライター

ドジ井坂

ドジ井坂です。 全日本プロサーフィン選手権初代チャンピオン。日本人初の世界選手権出場、シェイパーとしても活躍し、1968年から世界のサーフィンを実体験し、40年以上にわたる指導経験から、入門書など多数。そのサーフィン基礎理論は、身体の動作研究にも及び、海のスポーツ特有の理論研究とそのトレーニング用具開発に進化している。

東京オリンピックに向け、サーフィンのトレーニングにスケートボードも導入し、日本人に適した動作感覚とバランスのシュミレーショントレーニング「ドジ井坂ジャパンメソッド」の普及活動を始めた。

もっと気軽にビーチを通年活用していくためのコミュニティ活動「ビーチクラブ構想」を国土交通省支援の下に立ち上げ全国13箇所で展開、一般社団法人ビーチクラブ全国ネットワーク理事長。海岸の様々な利活用に関する神奈川県や千葉県、地方自治体の委員を歴任。海や海岸のジャンルをも飛び出してしまう超マルチな活動を今も精力的に展開。1948年神奈川県茅ケ崎市生まれ。の今は「海オヤジ」。 ドジ井坂が開講するトレーニング講座はこちら!お気軽にお問い合わせ下さい→beachschool